子供の時のストレスとうつ;

摘要

要約：うつ病発症の古典的なモデルでは，遺伝素因，病前性格と，状況因としての発症直前のストレスが発症 に関与していると考えられ，それぞれの要因について多くの研究が行われてきた.1980年代より，子供の時のス トレス体験が健常者に比べてうつ病患者で多いことが，多くの後方視的な臨床研究によって報告されてきた.し かし，後方視的な調査の場合，うつ病の症伏によつて過去のつらい記憶がより強調されて想起されるという可能 性を除外することができなかった.2003年に，ニュージーランドのDunedinという町の住人を対象とした20年 以上にわたる長期のコホート研究の結果から，セロトニン'トランスポーター遺伝子プロモーター領域の遺伝子 多型のS型と子供の時のストレス（虐待），成人になってからのストレスの多い生活上の出来事が相互作用し， 大うつ病の発症危険因子となることがCaspiらによって報告された.さらに，子供の時のストレスは成人の大ぅ つ病患者で視床下部-下垂体-副腎系の機能亢進や海馬?前部帯伏回の低体積などの生物学的マーカーにも影響す ることが報告された.また，子供の時のストレスはうつ病のみならず，双極性障害，外傷後ストレス障害，社会 不安障害においても，発症や経過に大きな影響を与えることが報告されている.わが国では子供の虐待の相談件 数が年々增加し，事例化あるいは事件化するケースも多くなっている力〗，表面に現れているのは氷山の一角と思 われる.いずれにしても，わが国では多くの子供たちが虐待にさらされていることは確かであり，虐待を受けた 子供たちにおいて，将来，うつ病をはじめとする精神疾患発症のリスクが高まる可能性がある.もし実際に児童 虐待が増えてきているのであれば，今後わが国で精神疾患が増加'難治化する可能性も懸念される.現在，筆者 らは上記の問題意識から，健常者と気分障害患者における子供の時のストレス，成人期のライフイベント，気質 が,不安，うつに与える影響を検討している.