大うつ病の死後脳研究とオリゴデンドロサイト分化と機能

摘要

大うつ病における脳画像研究において，前頭前野，前帯状回，海馬，扁桃体，上部側頭葉などに脳の委 縮や脳血流の異常が報告されている.また神経病理学的には，各疾患において，神経細胞，グリア細胞の細胞数 異常が前頭前野の一部である背外側前頭前野，眼窩前頭前野，前頭極，前帯状回などの脳部位で報告されている. しかしながらそれらの報告は，技術的な制約のため，複数の脳部位を包括的かつ定量的に検討するといつた研究 はあまりなされていない.本稿では，まず前頭前野と前部帯状回を中心にこれまでの大うつ病脳画像研究および 死後脳研究を概説し，さらに我々が最近発表した新規脳細胞定量法を用いて行った大うつ病死後脳解析について 紹介する.新規脳細胞定量法は，未固定凍結脳から細胞核を採取し，フローサイトメーターで細胞核数，細胞核 のサイズ，染色觉光強度を解析する方法である.ラット大脳皮質を用いた解析では，本方法により定量された総 細胞数および総神経細胞数と過去に報告された固定脳を用いて行った研究により定量された脳細胞数が一致して いることを確認した.さらに，本方法を用いて大うつ病前頭極および下方側頭葉灰白質の解析を行った.解析の 結果，健常人に比べ，総細胞密度の減少が大うつ病患者前頭極において観察された.細胞種を分けて解析したと ころ，オリゴデンドロサイト系譜細胞密度の減少が大うつ病患者前頭極において認められた.しかし，下方側頭葉では，大うつ病と健常人の細胞密度に変化は見られなかった.本研究により確立された新規脳細胞定量法は精 神医学のみならず，広く神経科学の分野で応用されることが期待される.また，大うつ病患者死後脳前頭極灰白質で見られた異常は，その病態解明に近づ—く結果であると考えている.