代謝スケーリング理論：個体生理と生態系をつなぐ統合的アプローチ

摘要

生態学において、用語「スケール」（scale)および「ス ケーリング（scaling)」には2つの意味がある。最初に、 これらの用語を整理して統一的な枠組みで議論するため の準備をしょう。1つめの「スケール」は、生態学でよ く用いられる「階層」の意味である。例えば、森林は樹 木などの個体から構成され、さらに、それぞれの樹木は 枝や葉などの器官から構成されている。このように、我々 が考える対象が属している、それぞれの大きさを持った 階層をスケールという。そしてスケーリングとは、スケ —ル（階層）をまたいで現象を考察することをさす（Field 1991：村岡ほか2007 ；千葉2011)。例えば、葉1枚ずつ の光合成速度をモデルに代入して、シミュレーションを 用いて樹木1本の、ひいては森林や生態系の光合成速度 を求めるとする試みである。これは、「スケールァップ（ダ ゥン）」と言い換えてもよい。これまでの研究で、個葉の 生理反応に基づいて森林生態系の炭素収支などを定量的に予測'説明するモデル(process-based models)力5'構築 され、さらには、それらのモデルを用いて気候変動に対 する森林生態系の応答などがシミュレートされている (Ito2010)。水域生態系に対しても、植物プランクトンの 生理反応に基づいて沿岸生態系の一次生産量を推定する研究や（Genkai-Kato et al.2008)、プランクトンの呼吸速 度から海洋生態系の代謝を推定する研究が行われてきて おり（L6pez-Urrutia et al. 2006)、これらは生態系レベルの 「スケーリング」である。これらを、以下で述べるスケ一 リングと区別するために「スケールアップ」とよぶこと にする。