名樹鑑賞「黒松銘.不動」

摘要

盆栽界には数多くの名木が存在するが、採出された頃からの歴史を迪ることができる樹はそれほど多くない。黒松の名樹「不動」はまさしくその中の一つであり、山採りされた時点で将来が嘱望され、その素養を見事に開花させた樹であつた。瀬戸内海に浮かぶ塩飽諸島。この地域は黒松の山採りが古くから盛んに行なわれており、昭和^年代に入って黒松人気が高まるにつれて多くの樹が採出され盆栽界に送り出された。昭和^年、香川県の採出専門家、川西繁雄氏によつて一本の黒松が採出され島から持ち出された。後に「不動」と命名されるこの黒松が幸運だったのは、山採り直後に地元の人間ではなく、盆栽界の中核を担っていた大宮の人間の目に止まったことであろう。山採りしたままの根巻き状態で根付け予定だつた平松正雄氏の園の露地に置かれていたこの樹に、素材買い付けのために偶然訪れた大宮の青風園、小笠原伸一一氏の目が止まつた。「自然採出の新木にしては幹に傷一つなく、太さのわりにコケ順も良い。加えて枝が細い。素材としては恵まれたもので、よくあんな樹があったものだ」というのが樹を初めて見た時の小笠原氏の印象である。当時、この地域の住人は薪を燃料としている家が大半で、島に自生していた黒松の枝などは薪として利用するのに都合が良いものだった。そのため島から採出される樹は枝切除の痕を残しているものが非常に多く、「不動」のように傷がないものは極めて稀であったという。その稀少さに加えて、コケ順や枝順に優れていたこともあり、小笠原氏はすぐに購入を決断したという。