「森林遺伝育種学」井出雄二 、白石進（編）2012年10月20日刊行，A5半IJ, 4,800円+税（文永堂）

摘要

巨大，長命，他殖ーそして，栽培作物を育成する温室 や畑とは異なり，環境のコントロールがほとんどできな い広大な森林に生育する林木.これが林木育種を専門と する者の対象生物である.このような性質をもつ林木を 遺伝的に改良するためには，栽培作物の育種とは異なる視点に立つた理論と計画，そして実施体制が必要となる.1991年に出版された大庭喜八郎《勝田征（編）の「林木 育種学」は，本分野の教科書として多くの学生，研究者， 技術者，さらには行政担当者に広く利用されてきた.林 木育種計画論，選抜や繁殖の技術，林木育種事業などの 根底を流れるアイデアは現在においても色褪せていない. しかし，当時のバイオテクノロジーに関する部分は，組 織培養技術が中心で，DNA分析についてはRFLP多型を 用いた遺伝子の連鎖解析についてのわずかな紹介にとど まっている.それに比べると，マイクロサテライトなど DNA分子マーカーを用いた近年の研究の進展は目覚まし く，新たな知見が日々集積されている.その結果，当該 分野の専門化，細分化が加速し，林木育種の現場では， これらの新しい技術に対する期待が高まる一方，結局， 何ができるのか，何をしたらよいのか，といった疑問に 答えるのが逆に難しくなつてきているのも事実であろう.一方，森林や林業をめぐる社会情勢も揺れながら大き く変動している.国産材の丸太価格は1980年代から長期 的な下落傾向にあり，林業自体のあり方が変革を求めら れている.こうした変化は，林木育種分野にも少なから ぬ影響を及ぼし，平成24年度版「森林、林業白書」では， 少花粉スギ苗木等の供給促進など，かっては考えもしな かった育種目標が国民的な関心事として取り上げられて いる.また，森林の公益的機能に対する認識の高まりと ともに，林産物の生産だけでなく，地球温暖化防止，生 物多様性保全の場として，森林をいかに改良し管理する かが議論の対象となっている.本書のタイトルである「森 林遺伝育種学」は，これまでの林木育種学を分子生態学， 保全遺伝学，遺伝子工学などの新しい分野の要素を取り 込みながら発展させた，現代にふさわしい新しレ、学問領 域といえる.