農業水利施設に関連する農村伝承文化の実相と機能

摘要

近年農村文化は，多面的機能の主張という国際的な場面から，地域資源の活用という地域振興活動の場面まで，さまざまな場で議論され利用されようとしている。 しかし，そこで取上げられるのは，伝統文化保全機能や，伝統的な文化的地域資源についてである。 農村文化とは古く希少性がある「伝統」的な「文化財」であるから価値がある，とされてきたように思われる。 確かに農村文化は伝統的な文化財としての価値も有するが，それは副次的な一側面に過ぎない。 農村文化は，世代から世代へと受け継がれ，現在に「伝承」された文化である。これを伝統と捉えてしまうと，日々の生産、生活の場である農村において，文化が伝承され続けたことの「意味」が抜け落ちてしまう。 この意味にこそ，これからの農村振興や地域環境管理に資する重要な示唆が含まれている。 それゆえ本報では，農業、農村を構成する多様な要素のうち，特に農業水利施設に注目し，それに関連する農村伝承文化の実相を明らかにする。 そして，それが伝承されてきたことの意味を，文化のもつ「機能」として解明しようとするものである。 農業水利施設は農業を営む上での重要な施設であり，農村地域環境を創造し保全する施設であり，農業、農村を象徴する。また，その維持管理問題が「現代的課題」となっている。 この分析により，農業専用施設という価値や，遺構、伝統という遺物としての価値を超えた，現在の地域生活一般に多様な機能を果たしうる存在として，農業水利施設の意義を提起できるものと思われる。