慶應大学輪読会

摘要

戦災の傷手から，まだ立直る暇もない昭和二十三年のことであった。ある日西荻窪の私の寓居にすばらしい美しい洋装の美人がたずねてきた。その頃の東京はもんぺ姿でリュックサックを背に歩いている婦人の多い時であつたからその時その婦人が冠っていた鳥の羽のついた美しい帽子を私はいまもハツキリとおばえている。ところで診察をうけたいのはその婦人の母でその翌日その洋装の美人が五十歳ぐらいの上品な婦人をつれて再来した。この二人は娘のYさんと母のMさんで母なる婦人は頭部に円味を帯びた十円硬貨より少し大きい発疹ができてそれがかゆいという。この発疹は乾燥していて小さい落層がみられる。私はこれに加味逍遥散加荊芥-地骨皮—二を与えたが二力月あまりの服用で全治した。それから二力年ほどたつたある日また母の頭部に胡麻の実ぐらいの小さい発疹がいくつもできて，かゆいから，薬をくれと，Yさんがたずねてきた。私は十味敗毒湯を与えた。