トロピカルフルーツ様香気を有する光学活性含硫化合物の酵素的生成と香気特性

摘要

香気化合物の一部において、光学異性体間で香気の質や閾値が大きく異なる化合物が存在することは古くから知られている。それらの例として、carvone、linaloolや1-octen-3-olなどがあり、そのような代表的化合物の光学異性体間での香気特性の違いを表1に示した。例えばnootkatoneの水中閾値は(+)体では0.8ppmであるのに対し、(-)体は600 ppmと700倍以上の開きがある。このような光学異性体間で香気特性が大きく異なる事象は、ヒトの香気受容のメカニズムと深く関わっていると推察される。さらに、一部の化合物においては天然における立体異性体存在比が一方の異性体に偏っている場合があり、香気化合物の生合成に立体選択的な酵素反応などが関わっている可能性が推察される。含硫香気化合物はネギ属植物のスルフィド類ゃァブラナ科植物のィソチオシァネート類など、閾値が低く、刺激性の強い香気成分がよく知られている。一方、グレープフルーツの特有香である1や-menthen-8-thiolは水中閾値が0.0001 ppbと非常に低く、スルフィド類とは明らかに香気の質が異なっている。また、パッションフルーツやパイナツプルなどのトロピカルフルーッゃ一部のワインなどでは、特有の含硫化合物が香気の質において重要な役割を果たしていることが知られている。Roweは図1に示す硫黄原子を含む構造が"トロピカルフルーツ様香気"の共通構造であると指摘しており、われわれはこの共通構造を有する含硫香気化合物の光学異性体に注目して化合物の構造と香気特性の関係および酵素による光学選択的生成に関する研究を進めてきた。本稿では、筆者がこれまでに得た知見の一部について紹介する。